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奥井禮喜(ライフビジョン代表)


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RO通信 No.1195 2017/4/23  ライフビジョン 奥井禮喜


 「政官結託して共謀罪」と抗議されたいのか!

 政局の安定は政治の安定ではない。政局の安定とは、とりわけ政府・与党の怠慢・自惚れ・心得違いに拍車をかける。まさに、いま、政府・与党の好き放題が堂々とまかり通っている。ホゾを噛むのは国民である。

 たとえば森友学園事件、野党が揚げ足取り口撃をすると眉しかめる向きもあるが、政府・与党が時間稼ぎでトンずらしようとしているとき、議会で野党が追及しなければ、メディアで報道すらされない。

 なんとなれば、メディアは事実を報道するというが、(事実ではなく)事件の外側をなぞって記事にするのであるから、なんらかの動きが発生しなければ、いつの間にか人々の関心から消し去られてしまうのである。

 事実といわれている「こと」と、真実とは合致していない。同事件で事実とされているのは野党などが追及して、政府・与党がしぶしぶ表に出した「こと」であって、まだ「真実」に到達していない。

 つまり、まだまだ隠されている事実がある。いわく黒幕、いわく本当の首謀者、さらには首謀者の意図を受け止めて脚本を書いた人物が存在するはずだ。単に、「私人」としての昭恵夫人が入れ込んでいたからだけではない。

 仮に、私人の昭恵夫人のカリスマ性(があるとして)に対して、「私人・昭恵夫人」の「公人・秘書」が心酔し、他の「公人・官僚」に依頼した程度では、かくも見事に国家財産の叩き売りが実現するはずがない。

 社会通念からすれば、昭恵夫人のカリスマ性が官僚(官僚組織)を動かしたのではなくして、彼女の背後、いやパートナーたる、政府の親分たる晋三首相のご威光こそが、官僚諸君の目をくらませ、道を踏み外させたと考える。

 いちいち事細かに、親分が脚本を書かなくても(まあ、書けないと思うが)、なによりもご威光が格別の効能を発揮するのである。ということは子どもにもわかる理屈であるから、少なくとも政治的責任は晋三首相に帰する。

 かわいい(はずの)子分が、親分の気持ちを忖度して、世間にばれなきゃ大丈夫だと前提して、オーバーランやってしまった。それが晋三首相とてわかるから、血相変えて遁走しようと図ったとわたしは分析する。

 実際、本当に身に覚えがないのであれば、関係した方々すべてに証言してもらい、関係資料を提出させれば真実に接近できる。潔白を主張しつつ、他人が指摘した事実の説明責任を果たさないから世間はますます疑う。

 世間は晋三首相に自分で潔白を証明しなさいと言っているのではない。なにかと国事多用の身であろう。自分で証明するのは「悪魔の証明」だなどと頓珍漢な形容詞を使わなくても、他の方々に証明してもらえばよろしい。

 加計学園疑惑も然り。竹馬の友だか、刎頸の交わりだかは知らないが、これまた社会通念からして、とても、ハイ、ソウデスカと納得できるようなものではない。潔白ならば他者の調査の邪魔をしなければよろしい。

 要するに、火(=非)のある所に煙が立った。森友学園・加計学園問題は数字だけみても、戦後最大の汚職になる。晋三首相も濡れ衣は嫌だろう。堂々と議会関係者の調査に委ねる潔さを示すべきだ。

 晋三首相の名誉問題だけではない。本疑惑がそのまま捨て置かれることになれば、わが国のデモクラシーが、(失礼な表現をするが)政治的未開国と等しいという罵詈雑言を浴びねばならないからだ。

 公務員は公僕である。public servantである。それ、デモクラシーの基盤である。公務員のトップに立つ晋三首相も公僕である。公務員の親分とて国民のpublic servantである。率先垂範、そうあらねばならない。

 ところが、公僕が、国民(=公僕が奉仕する対象)の財産を恣意的処理する権能をもつと考えるのであれば、それは汚職である。あるいは主権在民の憲法を認めないのであれば絶対的専制的君主である。

 本問題は、晋三首相並びに、政府・与党の政治家・官僚諸君1人ひとりにデモクラットであるかを問う「踏み絵」である。汚職も怪しからんけれど、憲法を堂々とコケにするのは、国家・国民に対する謀反である。

 追及を時間切れで逃げようとしているすべての諸君に言いたい。諸君がおこなっているのは、デモクラシー憲法に対する反逆の共謀である。デモクラシー精神に対するテロである。共謀罪を適用するのはこういう問題だ。


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