2012/07
被災の不幸を生き物として生きるきっかけに越河六郎




東日本激甚災害被災地と
非被災地をつなぐシンポジウム

まだ何か、もっと何か
5月26日(土)ライフビジョン学会シンポジウム報告第二弾


シンポジウムプログラム
 13:00 開会

 13:05−13:35 問題提起1
  3.11から考え続けたこと
   松蔭大学生活心理学科 越河六郎氏
 13:35−14:05 問題提起2
  東北の再生と日本の再生
   (有)ライフビジョン 奥井禮喜氏
 14:05−14:45 岩手県宮古からの報告
  私の復旧事情
  田老元気なまちづくりプロジェクト実行委員会 松本篤子 氏
 14:15−16:45
   全員による Talk & Talk
      次号掲載予定



越河六郎 氏
松蔭大学生活心理学科教授
教育学博士
ライフビジョン学会顧問

 [こすごう・ろくろう]
 昭和7年 宮城県名取市生まれ。7人兄弟の6番目。農業に就く予定で農学校に入ったが、その年終戦。やむなく進路を教職に変更。昭和32年、東北大学大学院修士課程修了。2年間、教育心理学教室の助手を務めた。
 昭和36年、(財)労働科学研究所に入所。桐原葆見博士に師事、労働科学を学んだ。同所定年後、松蔭大学に勤務、本年4月から新しく「生活心理学科」を担当。完成年度には83歳の齢となる(予定)。
 中国古典思想を読むのが楽しみである。










































































桐原葆見 *
(きりはら・しげみ 1892-1968)
 日本の産業心理学の先駆者。
 産業と労働の科学的実践研究をもとに、「労働科学」という新しい分野を開拓。
 元労働科学研究所所長。
 広島県出身、東京帝国大学卒。




   
この原稿は5月26日(土)ライフビジョン学会シンポジウム
報告第二弾、越河六郎氏の講演録です。


東北大地震に関連して
 私の母方の実家が仙台空港の海寄りにありました。被災後しばらくして行ってみたところ、残っているのはコンクリートの基礎だけでした。何よりもさびしく感じたのは子どもの頃馴染んだ風景がなくなっていたことです。当時は茅葺の大きな家で、防風林の丘の陸側にありました。丘といってもわずかな高さです。赤松の大木も生えていてキノコ狩をして遊んだ記憶もあります。海岸はといえば、親潮の関係で水の色は少し黒ずんでいましたが、白砂青松の浜と言ってもよかったと思います。ハマグリなども潜って採れました。
 今日は、お話をする機会をいただいてとても感謝しております。と言って、被災地への感傷だけで済ますつもりはありません。常日頃感じている、世のなかの動きに対する違和感といったことにも触れたいと思います。
 この度の大津波で、子どもの頃遊んだ美しい海岸はほとんどなくなったと言いたかったのですが、同じ波打ち際は、数十年も前に姿を消しているのです。それは、阿武隈川に流された工場排水が海に出て、潮流の関係で北上し、砕ける波の色が白から茶色に変わってしまったのです。木片などゴミが浮いているサーフィンは頂けません。砂浜に流れ着いた半分炭化したような流木を探すのも楽しみの一つでしたが、ゴミの浜辺はどうしたものでしょうか。
 甚大な災害をもたらした今回の地震・大津波のような場合は、みな復興を叫びます。しかし、日常的に被害を受ける事態に対してはそれほど騒がない。申し上げたいこと、いや、訴えたいことは、大津波といった自然災害だけでなく世の中の動きの中にも、いわゆる人為的災害の問題があるということです。生き物として、それこそ生きていくときに、その辺のことを深刻に考えよう、そのきっかけを作ろう。私の話の主題です。


「絆」
 津波が来たとき、勤めなどで内陸のほうへ離れていた人たちはよかったのですが、海岸に近い家に残って逃げなかった人はほとんど亡くなられたと聞きました。なぜ逃げなかったのか。これまでにも、津波警報が出た地震はありましたが、せいぜい50cm〜1mのもので、今度のように巨大なものが来るはずがないとの思いこみから逃げなかったのでは、と話してくれた人もいました。また、一度逃げた人でも、津波が実際に来るまでの時間差があって、また戻ってしまった例もあったということです。家畜やペット、そして家そのものへの気遣いがあって戻り、命を落としたとか。
 こういった気遣いや思いやりの心を「絆」と言い表せるとおもいますが、復興支援などにもからんでやたらと使われ、言葉だけに終わっている感じもします。私は今度の大地震で被災された方々に対して、ほとんど何の支援もできないでおります。年齢のこともあって、個人的には瓦礫のかたづけに行けるわけもない。地震直後、連絡がついたとき郷里の老人介護施設に2,3回食物を送った程度でした。


立ち直る力
 神戸の大地震の時もそうでしたが、災害に遭われた人たちの「トラウマ」が取りざたされます。精神的衝撃を受けた後の心的障害をどうするかです。衝撃で心が痛んだ後の治療の段階となります。主としてお医者さんの仕事ということになります。
 医師の仕事は「病気の治療」から始まる。このことで、ちょっと面白いエピソードをお話します。それは、農村医学で世界的に有名な佐久総合病院(長野県)と労働科学研究所との共同研究でのことです。農作業の安全に関する研究でした。医療の面でのチーフを務められた外科のドクターが、事故の原因を探ることを主眼とする労働科学研究所の研究方法に対して、医師の職務は治療です。なぜ骨折したかではなく、どのように骨が折れているかがわかれば仕事ができるという面があります、「病気」なら、その予防ということも医療の範囲に入るかもしれませんが、事故等による「怪我」の予防となると、直接的には医師の仕事を超える部分ですね、と言われたそうです。
 今度の津波で被災された方々、亡くなられた方、家屋、田畑、職場、そして船まで流されてしまった多くの人たち。甚大な災害であったことはいまさら言うまでもありませんが、幸いにも生き残れたひとたちはどうするのか。天災だから仕方がないとあきらめてしまうほかはないのでしょうか。しかし、そこですべてを終わらせるわけにはいかない。生きていかなければならないのです。諦めた後の心のやりくりが必要となります。
 子どもの頃、洪水があって1年かけて育ててきた作物(稲)が収穫寸前でだめになったことを記憶しています。その時貧しい農家の主婦、お袋の何気なく言った言葉を忘れません。“これは自然の戒めなんだよ。もっとしっかりしないとね”、と。しばらく後になって思い出しました。被災から立ち直る気持ちを奮い立たせる知恵だったようです。


天災の諦め、人災の悔恨
 天災は忘れたころにやってくる、とよく耳にした言葉です。しかし、最近は随分と違います。地震がいつか起こることはわかっていますが、災害への対処の仕方が、時間が経つにつれて緩んでしまう。これが忘れたころにやってくる、ということになるのかもしれません。一方、人災のほうは、こんなことではかならず事故が起こると分かっていて起こる場合が多い。やるせない気持ちが残ります。
 黒部第四ダム(1956年着工)が造られたとき、工事中にかなりの数の方が亡くなられました。ダムの傍らに碑が建てられています。日本の高度成長期で電力不足が深刻でした。待っていられない状況で、工事の安全対策が不十分なままに行われた突貫工事だったと言われています。突貫工事が必然で、事故は必要な犠牲という考え方がありました。戦争の場面は常にそうでしたね。一体、亡くなられた本人からしたら、どういうことになるのでしょうか。人間がモノ扱いされている時代。天災だけでなく、人災についても考えなければなりません。地震や津波は、諦め、そして立ち直るという心のやりくりはできますが、人災となると悔恨や怒りがいつまでも続きます。


人間復興
 人間は、働いて生きるという仕組み・社会を作ってきました。生きるために働くのです。働くために生きるのではありません。働いて賃金を得て、衣食住に当てる。この方式ですが、経済が先行して生きる主体の人間が後回しになっている。人間は経済の僕ではないのです(桐原葆見*)。このことをしっかり肝に据えなければなりません。
 災害からの復興は差し迫った重大な問題ですが、人間復興、人間らしい生き方を求める努力はさらに大事です。ライフビジョン学会の奥井禮喜さんはいつも古典を読めと主張されています。私も、誠にその通りだと思います。
 今の世の中、ハウツーものが幅を利かせ過ぎています。マニュアル化が何やら新しい価値を生んでいるかのごとき錯覚に落とし込んでいる向きもあります。古典はそうではありません。ただし、昔の偉い人はこういうことを言ったとか、いいことが書いてあるだけで済ましている読み方は問題外です。今の時代を考えるときの手がかりを与えてくれる宝庫として読み親しむ。読むこと自体に興味を持てたら、それこそまさに、「亦た、説ばしからずや」ですね。もちろん、読んで楽しんでいればよいというわけではありませんが、それくらいでないと、なかなか解釈ができない面のあることも確かです。
 とにかく手順をなぞるだけでなく問題の核心に触れて考える力をつけること、その必要を強く感じます。基本は批判精神の涵養ということになろうかと思います。


教育はトラウマにも予防的効果が期待
 復興への支援はほとんど何もできないでいますが、今やっている仕事、教師としての学生指導の中で考えますと、若者が自己を見失うことなく、やることの目標をしっかり持って生きていく、その構えを身に付けさせる、このことも支援ということになるかと思います。といって、それが至難の業であることは日々実感しておるところですが、ただ、災害など危機に直面した時に、自分で立ち直る力、芯のある心構えを持つ、それを期待しての職務実践です。先ほどお話しした、医師は怪我や病気があって、そこから治療が始まるということですが、トラウマの問題でも、災害への対処・心構えという点では予防的な効果が期待できると考えています。







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