2015/03
平和な世界のために格差問題の解消をライフビジョン学会


[長妻 昭(ながつま あきら)]
1960年生まれ。慶應義塾大学法学部卒業、日本電気株式会社で汎用コンピューターの営業。日経BP社に途中入社。日経ビジネス誌の記者に。2000年衆議院議員初当選・元厚生労働大臣・年金改革担当大臣。衆議院議員を6期目、現在、民主党代表代行。



長妻昭氏と社会保障の勉強会

国民の連帯を作る社会保障
(基本的な考え方)


日時
 2015.02.14(土)13:00−17:00

会場
 オリンピック記念青少年センター

プログラム
 13:00−問題提起
       「国民の連帯を創る社会保障」
     衆議院議員・長妻昭 氏
     質疑応答
 14:30−
         テーマを深める意見交換
 15:30−問題提起2
       [社会保障の展望のために」    
        (有)ライフビジョン代表
    奥井禮喜

コーディネータ
    ライフビジョン学会代表
       石山浩一

 社会保障問題への国民の関心は非常に高いにもかかわらず、社会保障の基本論議が不十分ではないでしょうか。負担の押しつけあいではなく、「国民の連帯を作る社会保障」を構想できないものでしょうか。
 2015年2月14日午後、ライフビジョン学会では元厚生労働大臣の長妻昭・衆議院議員をお招きし、国民の連帯を作る社会保障とその基本的な考え方について問題提起をいただきました。以下にその内容をご紹介します。


政治の目標は飢餓のない世界の実現
 私の好きな小説家・山岡荘八先生は徳川家康の小説で有名だが、なぜ家康なのか。先生は第二次大戦直後、戦争によって文明が壊れるのを目の当たりにして、265年間という歴史的にも珍しい長期平和を築いた徳川家康に着目した。どんな力が働いて平和な世を作り、持続できたのか。その秘密を解き明かせば人類はこれからも平和で過ごすことができるのではないかと、平和を作り出す力の解明に取り組んだ一生だった。
 私も、飢餓のない世界平和の実現が政治の最終目標である。すべての政治家が夢見ている目標だが、いまだかつて実現を見ていない。
 やはり皆が納得するような一定の合理的な秩序があって初めて、世界平和が実現する。その秩序を守らせる力が必要だが、それは武力一辺倒でよいのか。いわゆるイスラム国を巡る暴力の連鎖に見るまでもなく、いまだに答えは見つかっていない。
 いろいろな研究があるなかの一つに、格差が拡大するとアルカイーダの構成員が増えていくとの説がある。格差拡大で安定が失われテロが増えていくことは自明のことで、世界は平和な国を作るために格差問題に取り組まなければならない。
 国際社会でも「国連ミレニアム宣言」で、貧困を半分に減らそうとの重大な決定がなされ、世界が歩みを進めている。私はこれが世界の安定に重要なことだと思っている。


選べない運を修正する「共生社会創造」
 ロールズの「無知のベール」をわれわれの身において考えてみよう。仮に自分が、社会が形成される以前の段階の首脳だとして、日本社会をどうしようと思うだろう。
 日本に生まれることは決まっているが何県に、どの地域に、どういう親のもとに生まれるのか、性別もわからない、ひょっとすると生活保護のご家庭かもしれないし、障害を持って生まれるかもしれない。どんな家に生まれるのかもわからない。
 そう考えると、どんな境遇に生まれたとしてもチャンスがあって、自分の能力が発揮できて、尊厳を持って人生を全うできる、そういう社会を作り上げたいと思うだろう。そう思う人が政策を決めるとしたら、格差は限りなく小さい、一人ひとりの能力が最大限発揮できる社会になるだろう。
 しかしいまの世の中を動かしている人たちはどちらかというと高学歴で、東大生の新入生の親の平均年収は1200万円、50歳に満たない親たちが非常に高い年収らしい。
 成功するか否か、金銭的に所得が高いか否かは、努力なのか運なのか。
 スウェーデンなど北欧諸国の、所得再分配が強い国の調査では、努力3割、運7割という。収入の多少に影響するのはどちらかの質問には、運と答える人が半分以上。米国は努力と答える人が圧倒的に多い。日本はその中間。
 おそらくいま恵まれている人たちと話をすると、努力すれば誰でも成功できると答えるだろう。金銭的に恵まれていない人は努力が足りないという考え方が、日本はヨーロッパに比べると強い。
 ベネッセと朝日新聞が経年的にやっている調査では、今までは、金持ちが良い暮らしをするのは当然だと考える人が半分以下だった。最近の調査は、問題だと考える人が半分以下に変わってきている。
 「がんばる人が報われる」と安倍総理は言う。でも、がんばりたくてもがんばれない人はたくさんいる。そこをどうするかが、世界でも日本でも最大の課題である。


成長の基盤を壊したレッセフェール
 われわれ民主党は日本の社会を良くする政策の一つを、格差問題で組み立てようと取り組んでいる。
 民主党の中に共生社会創造本部を作り私が責任者になって、今年の10月をめどに、民主党が目指すべき社会像を明確に打ち出す。格差是正は、その方たちが気の毒だから是正するのではない。金持ちも含めて社会全体にプラスになるから、格差を是正するのである。
 格差が拡大しているのにそれを放置し、人間がどんどん潰れていくのを放置しておいてなにが政治家なのか。私は厚生労働大臣のとき以来、全国の格差の現場を回ってきた。かわいそうだとか貧困だから社会保障をどんどんと言うのではない。
 たとえば非正規雇用。朝の駅に出勤してくる人の10人のうち4人が非正規雇用で、先進国の中で日本はダントツに多い。会社は便利な使い方の労働者を増やしたい。このような形態で生涯を過ごす人の賃金は年をとっても上がらず、結婚もできない。こうして格差拡大、少子化の流れも進んだ。
 もう一つ重要なのは一人当たり時間当たりの労働生産性で、日本は先進国の20位まで落ちた。以前は一桁に位置していた。
 景気が悪くなれば切り、良くなれば採用する、こんな労働者を増やせば産業競争力が強くなり、企業業績は非常に良くなるといううたい文句で非正規雇用を拡大したが、少子化、貧困、格差拡大の流れもあって、何より労働生産性がどんどん落ちた。経団連の言いなりになって非正規雇用、派遣を増やしたことで、非常に皮肉な結果となった。
 ドイツは来年、国の借金はゼロになる。うらやまし過ぎる。その一つの要因は、労働生産性が非常に高くなったことにある。労働者一人当たりの稼ぐ力が、日本よりぜんぜん高いのである。
 ではドイツは、日本のような非正規労働者が日本より多いから経済が強くなったのか? まったく逆で、ヨーロッパ諸国では均等待遇原則が厳格に守られている。派遣であろうが正社員であろうが、仕事の中身が同じならば、同じ賃金の待遇をしなければならない。
 日本では正社員と同じように仕事をしている非正規雇用の人たちが、賃金・ボーナス・ベアがかなり違う。米国が世界標準だと誤解している人が多いが、米国は格差が最も激しい、非常に特殊な国だ。日本は今、格差は世界で二番目に大きい。ヨーロッパと比べると均等待遇原則ができていないのである。
 ドイツは一日10時間以上の労働は禁止されている。インターバル規制も11時間、前夜11時まで働けば、翌日は10時まで仕事はできない。日本では、夜中まで働いて退社しても翌朝8時には出社する。
 ドイツは最低賃金も一気に上げた。ブラック企業が倒産し、労働生産性の高い企業だけが生き残っている。労働者がうまく移動できるような仕組みもあるから、どんどん生産性が高くなる。この事例は格差を是正することで非正規雇用の方はもちろん、日本全体の成長の基盤を強くしていくことにつながる。
 今の自民党政権や安倍総理は経営者の言いなりで、今度は残業代ゼロ法案も出てきたが、それらをやれば一時的に会社を良くしても、長期的成長の基盤をぼろぼろにする愚作だと、私は心の底から思っている。


社会保障バッシングは自らに還る
 「過労死」の語は英語にはないので、国際社会ではローマ字表記される。今は過労死より過労自殺のほうが多い。24時間どこでもコンビニとかいつでもカレーライスが食べられるなど、世界広しといえど日本だけ。欧州では日曜日、デパートは営業していない。当たり前だが日本の労働者はいつ休むのか。若者の能力をつぶしておいて何の成長戦略だ。
 あるいは親の介護で会社を辞めるという。50歳前後の中核が親の介護で辞めてしまって経済成長できるのか。丸紅や花王などは国は頼りにならない、このままでは管理職がどんどん辞めて会社が成り立たないと、介護を会社でやるようになっている。厚労省の試算では1兆円のGDPマイナスという。
 子育て環境も東京は脆弱で、辞めざるを得ない母親がどんどん増えている。仕事を辞めさせてどうして経済成長できるのか。
 過剰介護もある。業者が儲けるためにお年寄りを一日二回も風呂に入れる現場を見に行った。過剰医療では薬をいっぱい出している。そういう無駄は徹底的に無くさなければいけないが、切ってはいけないところを切るとかえって高くつく。
 生活保護世帯では四人に一人が、大人になっても生活保護から抜けられない。中学卒業で社会に出たのでは職が見つからないケースが非常に多いこともある。
 生活保護を自民党政権は、非常に機械的な発想で1割カットした。皆さんの中にも生活保護はとんでもないという人がいるだろうが、不正受給がとんでもないのは当たり前、マスコミが生活保護ばかりを取り上げたので、社会保障の全部をカットする雰囲気が作り上げられたが、失業保険も失業手当、年金、医療も不正請求はいっぱいある。失業手当の不正受給を毎日テレビで報道すれば、世論は失業手当を切れという。犯罪は取り締まらなければならないが、どこの国でもゼロにはできない。 


Welfare to Work(福祉から就労へ)
 私たちは格差を是正し人への投資をすることで、生活保護を減らそうとの考え方に立つ。これはポジティブウェルフェア・参加型社会保障、積極的福祉政策、Welfare to Work(福祉から就労へ)という考え方だ。 
 実践例としては日本全国にホームレス自立支援施設がある。たとえば私の選挙区のあるところでは、50人のホームレスになりたての人が集団生活している。生活保護を受ける前段階の方々に入っていただき、三食を税金でまかなう。
 そこにハローワークの職員が2人、朝9時から5時まで専従している。その職員も非正規で、会社の人事を退職したベテランが50人の方々に食堂で毎日、きめ細かく面接の練習をしている。50人たちは近所の金持ちが寄付してくれたシャネルやアルマーニなどのスーツをばちっと着て面接に向かい、就職率が50%、就職した後も1ヶ月ぐらい毎日電話する。
 日本ではいったん生活保護になるとあまりケアしないで、金だけ渡して、仕事をしろというだけ。やがて生活保護も切られて、最終的に精神的にも危機的なことになる方もいる。
 それより半分の人が就職できれば、自立支援でかけた税金より、社会財政に圧倒的にプラスになる。しかも働いて税金と保険料を払ってくれるのだ。
 その政策を自民党はまた止めるかもしれないが、どちらの削り方が賢いのか。格差を是正するということは財政にもやさしいのだ。
 いま日本の大学進学率は5割で、先進国の平均よりも下にある。年収400万以下の家庭の大学進学率は3割と、意欲と能力があっても大学に行けない傾向が強くなっている。先進国の中で唯一といってよいほど、日本は給付型奨学金のない国だ。日本の奨学金は教育ローンで、必ず返さなければならない。
 先日もあしなが育英会の寮に行ってきた。あしながは親が亡くなった一人親の方が対象になる。親が自殺の方も多い。その方も、社会に出る時には800万円の借金を背負って出て行く。若い人に能力発揮をさせないで、なぜ成長なのか。企業が一番活躍しやすい国というが、日本は資源のない国だから、人間が最大限の能力を発揮するよう格差を是正しなければならない。
 能力の発揮を阻むほどの格差は社会にとってもマイナスである。一人ひとりの能力が最大限発揮できる環境を作り上げていくことこそが、日本の成長の基盤を固めていく。
 ベンチャー企業の起業率は、日本は欧米の三分の一である。普通は二度三度失敗して、四度目に成功するのがベンチャーだが、日本は一度失敗すると身包みはがされて、社会的信用を失う。これも人への投資が非常に薄い例である。
 経団連や既存の企業などへの補助金はすごくあり、公共事業は先進国でGDP比第一位。その反面で子育て予算、教育予算は先進国で最低で、度し難い。
 政治家への企業団体献金パーティ券が解禁されている。フランス、カナダ、アメリカは全面禁止。イギリスは企業献金するときは株主総会の議決を要する。日本では、ほとんどの会社は株主総会の議決などしない。
 いま政界はパーティが花盛り。2時間のパーティで売り上げ1億円というケースもあるのではないか。公共事業者にどんどんパーティ券が出る。政治家も人の子でカネをいっぱいくれるところの声を聞きがちだから、非正規雇用も子育てで忙しいお母さんの声も届かない。人への投資は見返りがないが、公共事業を投資すれば政治家に金が入る。
 これらの現状に対して格差を解消して能力を最大限発揮できる環境を作るのが、リベラルという考え方で、これはイデオロギーではない。安倍総理にも昔のようにイデオロギー対決に持ちこむのでなく、社会を良くする、皆がよくなるのだから、これをなんで入れてくれないの、と言っている。


絆を壊せば高くつく
 先日の安倍総理の施政方針演説でびっくりしたのは、日本の最も重要な課題にもかかわらず「格差」の文字が一文字も、一言もないことだ。
 格差が拡大すると人間関係資本、ソーシャルキャピタルが崩れる。人と人との信頼、絆が崩れる社会はコストが非常に高くつく。たとえばいま日本のコンビニには、夜中でもガードマンはいないが、ATMの前にはガードマンを置かなくてはならなくなる。契約書一枚で済む取引は、数枚の契約書に弁護士を立ち合わせて厳密に契約する普通の国より安くついている。
 日本はソーシャルキャピタルが非常に高い国なのに、それが崩れている。日本の成長の基盤とも言えるそれらを育むことが、日本の成長につながると思っている。
 OECDでは格差が拡大すると経済成長ができないと結論付けている。日本の経済成長をさらに進めるためには教育、子育て、特に若者の格差を小さくという意見もあった。
 若者に対する政策の一番は、一人親の相対的貧困率が先進30カ国で最悪になっていること。三食で300円、一食100円で暮らしているお子さんもたくさんいる。渋谷のど真ん中の公立中学校の生徒さんの、三人に一人が給食代を払えないなどで就学援助を受けている。就学援助とは生活保護並みの収入でないと受けられないのだが、この渋谷区で、かなり格差が激しい。その意味でまずは児童扶養手当、これは一人親のお子さんに出る手当てで、一人目で満額4万円、二人目には5000円とか3000円である。こういうところに手当てをつけ、子供の一人親の相対的貧困率を先進国並みに下げていく。
 一人親は少数派と思うかもしれないが、今はお子さんがいる世帯の五世帯に一人、20年後には離婚が増えて、子供のいる三世帯に一世帯が、一人親となる。深刻な問題である。
 半分以上の生徒が就学援助を受けている学校がいっぱいある。そういう学校に集中的に先生を増やし、学習指導の資源を投下すること。他には大学を含む教育支援、貧困家庭の学習支援。高校に入っても中退してしまうのは非常にもったいない話で、民主党政権の時は高校を無償化して中退が半分に減ったが、そういう学習支援をすることで、有り余るリターンが帰ってくる。
 持続的な生長のためには適切な分配が無いと成長できない。ここが、安倍総理がなかなかわからないところだ。


もう一度、政権を担うために
 さて皆さんに伺いますが、第一次安倍内閣で総理が責任を放り投げたあのときに、もう一回、安倍総理が出てくると思った人は…この中にいますかねぇ。それがいま、7年かけて復活し一定の人気がある。
 民主党も、もう一度政権をとると思っている人は、この中で私だけではないかと(笑い)。われわれはまた、もう一度政権を取り、皆さんの期待にこたえる。
 岡田代表が代表選挙で、「このままでは、私は死ぬに死ねない」と言った。政権がああなり、世間の評価は失敗したという。われわれは良いこともしていると思うのだが、それを言ってもかき消される。このままでは、なんだか、がんばったけどだめだったネ、で、日本の政治史にもそれが刻まれて、本当に死ぬに死ねない。
 われわれの政策の方向性が間違っているとは思わない。日本がもっと良くなるこの政策をなぜ取り入れてくれないのか。
 野党の役割は批判ばかりだけでなく、目指す社会像をきちんと示し、それが実現可能な政策であることを訴えなければならない。
 もう一つ、政府の弱いところを徹底的に追求し隠している情報を表に出させる迫力を持つこと。そして投票率を上げること。政権交代するかしないか瀬戸際のとき、皆さんが投票所に行く。そこまで政府の問題を追及し、政策を打ち出し、ひょっとしたら民主党は政権交代するかもしれないと思うまでに持っていきたい。
 日本はもっと良くなる、そのために取り組んでいきたい。
(拍手)(以上文責編集部)







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