2008/07
人事管理から見たワークライフバランスライフビジョン学会





藤村博之
 
 旧ユーゴスラビアで労働者自主管理の実態研究、ドイツではドイツ企業の共同決定を研究、東南アジア調査、アメリカ合衆国やオーストラリア、ポーランド、ハンガリーなどで企業調査を実施。
 現在のテーマは日本企業における管理職育成のあり方、高齢者雇用の実態と課題、労働組合の役割再考など。1993 年に ES 会(日本企業の人事労務のあり方に関する勉強会)設立。





ワーク・ライフ・バランス実現のために


1.長時間労働の実態
(1)働きすぎている30歳代から40歳代の男性
・週60時間以上働いている人は全労働者の12.1%に達している。
(2)正社員と非正社員の所得格差
・時間の自由度を求めると非正社員という働き方しかない。その代償は低賃金。
(3)疲れている職業人たち
・これで創造的な仕事ができるのだろうか?
2.長時間労働の原因
(1)業務量と要因の関係
(2)業務の進め方の問題
(3)職場管理のあり方の問題
(4)顧客との関係からくる問題
3.業務量と要員の関係
(1)要員計画の有無
・労働時間を計画の中に組み込んでいるか?
(2)正社員の減少と非正社員の増加
・頭数は揃っているが、質がともなっていない。
・非正社員を増やすと正社員の負荷がかえって高まる。それは、非正社員の尻拭いを正社員がすることになる場合が多いから。
4.業務の進め方の問題
(1)業務分担のあり方
・個人の仕事を明確にすることの功罪
(2)職場における助け合いの減少
・隣の人が何をしているのか分からない
(3)ムダな仕事の発生
・やらなくていいことを管理職が判断しない
5.職場管理のあり方の問題
(1)管理職が何を求めているか分からない
・上司と部下の間のコミュニケーションが取れていない
(2)管理職の仕事の与え方
・仕事の進め方を一緒に考える姿勢を上司が持っていれば…
(3)朝礼と夕礼の効果
・課題の認識とチェック/情報の共有
(4)根強く残るつきあい残業
6.顧客との関係から来る問題
(1)無理を強いる消費者
(2)消費者であると同時に財・サービスの提供者でもある
(3)「明日でいいよ」と言える消費者の育成
(4)個別最適の追求が全体最適を阻害している

2008年06月21日(土)新宿NSビル13階会議室で、日本余暇学会とライフビジョン学会がジョイントして行われたシンポジウム「ワーク・ライフ・バランスを検証する」報告、第三弾。

    問題提起1  薗田碩哉/日本余暇学会会長
        余暇から見たワーク・ライフ・バランス
    問題提起2  奥井禮喜/ライフビジョン学会顧問
        人生設計から見たワーク・ライフ・バランス
    問題提起3  藤村博之/法政大学大学院教授
        人事管理から見たワーク・ライフ・バランス

 

問題提起3

人事管理から見たワーク・ライフ・バランス藤村博之/法政大学大学院教授


ワーク・ライフ・バランス実現のために
 私は1979年10月、当時のユーゴユラビアに留学し現地女性に捕まって結婚しました。(笑い)ヨーロッパ型の余暇の体験は結婚生活を送るなかで少し体験しています。
 例えば夏場に1ヶ月ぐらい休んで海辺に行く。最初のときは三日目ぐらいから、何もしないという状態にイライラしてくる。「お前何をそんなにイライラしている」と家内の父に問われて、「何もしないことが辛い」「お前も日本人だな」(笑い)。
 一週間すると何もしない状態に慣れ、二週間目からこれもいいなぁと思い始めた。日本の有給休暇状況を聞かれて、平均付与日数は15−16日であるが半分かそれ以下しか取らない、しかも半日ずつ取れると答えると、それは有給休暇とはいわないという。確かに、日本が批准できていないILO132号条約には、「有給休暇を分割してはいけない」とある。一日ずつ分割するのは有給休暇ではない、というのがILOの考えだ。
 だから向こうの人間は、まず仕事を忘れるために1週間、休みの状態に慣れるのが1週間、ここから初めて休みが始まる。だから2週間で休みを切り上げるのは一番良くない、せめて3週間から4週間は休まなければいけない、という。
 アドリア海沿岸にキャンピングカーを引っ張って行き、3週間ぐらいは滞在する。食事の準備以外は海辺に寝転がって本や新聞を読んだり、周りの町を訪ねたり。こうして3週間が過ぎる。1ヶ月ぐらいするとさすがに、何もしない状態に飽きて仕事をしたくなる、それで仕事に戻る。私も最近、そういうものかと思うようになりました。
 休む時間はとても大事だ。ヨーロッパでは労働時間の制限より最近では、11時間以上の休息時間を取らなければならない、という法律を作っている。夜の9時まで働いていれば次の日の朝8時より前に出社してはいけない、という法律である。休息時間をしっかり取らせることにより過労死のような、長時間労働に伴うストレスをできるだけ軽減させようという措置である。


創造的仕事は休むことから
 日本では30歳−40歳代男性で週60時間以上働いている人は、全労働者の12.1%に達している。(2003年調査)
 時間的に余裕を持って働きたいからと、非正規社員の働き方を選ぶと、所得が1/3から1/4に下がる。35歳−39歳男性正社員の年収は576万9000円、パートになると159万3000となる。時間の自由と所得は反比例の関係で、適当に働きながら適当に収入が上がるという、真ん中がない。これでは疲れて、創造的な仕事ができないのではないだろうか。
 経営者は創造的仕事をして欲しいとスローガンを掲げても、その道筋を示さないと進まない。一日中同じメンバーと顔を突き合わせて、長時間職場にいたら、たぶん創造的に仕事はできないだろう。人間の脳は違うものを見たり聞いたり、違う場所に行ったりすることで刺激を受けて新しい発想をする。製造業のエンジニアたちはよく、見本市に行く。自分が抱えている問題を解決するにはヒントが欲しいが、社内にいたのでは得られないから、自分が関係している分野以外の見本市にも行くのである。
 創造的仕事をして欲しいと望むならば、経営者は従業員を会社のなかに縛り付けるのではなく、積極的に外に出すことだ。月に何回かは外でぜんぜん違う人と会えとか、必ず連続休暇を取って会社以外の別のところで過ごせ、とか。それが創造的な仕事につながることになろう。しかし実態はそうではない。


全体を把握できない人事部門
 長時間労働の観点には、@業務量と要員の関係、A業務の進め方の問題、C職場会議のあり方の問題、C顧客との関係から来る問題、がある。
 @業務量・要員の関係では、製造業現場職には要員計画があるが、ホワイトの世界にはない。その仕事と投入労働時間に対する適正なアウトプットはどれほどか、の基準がない。うまくやる人、ゆっくりやる人がいて、それが野放図な長時間労働につながる。
 最近の人事部は、経理から人件費が高いといわれるとハイ、すぐ減らします。経営企画からの「柔軟な要員計画」要請も、ハイ分かりました、正社員を減らし派遣を増やします。周りから言われたらハイ、すぐやりますと、御用聞きに成り下がっていると聞く。
 私はいろんな会社の人事に会うのだが、本社では正社員の数は分かるがパート、アルバイト、契約社員など有期社員の数は捕捉していない。それは各事業所に任せているという。各事業所ではまた、各部門に任せているという。今日この時点でわが社には、どういう仕事に何人が働いているか、全体を把握している部署がどこにもない。非常に変な人事管理になっている。
 しかも派遣や請負に払う費目は「その他物件管理費」であり、人件費ではない。正社員がいなくなりそのあとに派遣を入れる。業務分担がおかしくなっていて、本来正社員がすべき仕事を派遣がし、それによってさまざまな問題が発生し、その処理で正社員が長時間労働になる。こうして、本当に人に払っている費用を全部足し合わせると、案外前より増えているのかもしれない。検証が必要である。


分担と協力の問題
 「業務分担のあり方」については、個人の仕事を明確にする仕事別賃金、職務別賃金の傾向が強くなっている。ホワイトカラーはコンピューターに向かっているから、皆でわいわい仕事をする場面が少なくなっている。これが職場の中で、孤立感を強めている。
 管理職に、あなたの持ち時間は一日何時間ですかと質問すると、8時間という人はあまりいない。仮に10時間として5人の部下がいる。すると管理職の一日の持ち時間は、自分の10時間に加えて、部下の8時間×5人分の40時間、つまり一日50時間を持っている。しかし、50時間をいかにうまく使うかの視点では職場を見ていない。自分の10時間をどう使うか、しかない。
 例えばA職場では、分からないことは互いに聞き合える、B職場は分からないことが起きても、コンピューターに向かって一人で答えを探す。分からないことを聞き合えば、3人の人間が10分ずつ、30分で解決できるが、B職場では一人で悶々、1-2時間はすぐ過ぎる。一見、他人の仕事を邪魔しているようだが、互いに聞き合える職場のほうが、時間効率が良い。個人の仕事を明確にする業務分担のあり方は、他の人の仕事も見ていないと、職場における助け合いは生まれない。
 「無駄な仕事の発生」。管理職の一番大事な仕事は従業員のモチベーションなどと言うが、一番は、やらなくて良い仕事を見つけることを判断することだ。しかし誰もこれをやりたがらない。多くの新任管理職は前任者がやっている仕事はそのままで、自分らしさを出すために新しいものをやろうとする。今までも長時間なのに、これではさらに長時間になる。それでは自分の身がもたないから部下は、一担当者がやるべき仕事とそうでない仕事を決める。しかし全体が見えていない担当者が、やるべき仕事かどうかを判断するのは変だ。全体が見えている管理職がそれをやるべきだが、管理職はそれをしたがらない。なぜなら上司に、その仕事は私の判断で辞めましたと答えるリスクを回避したいのだ。皆がリスクを負いたくないから変な状況になっている。


上司が一緒に考える職場管理
 私は、コミュニケーションは分かり合おうとするプロセスだと思う。人間は分かり合えないものだ。例えば皆さん、青い空をイメージしてください。しかし50人の空は雲があったりなかったり、空の下に何かあったり、全部違う。単純な青い空という表現でさえ、イメージは違う。ましてや、複雑なことであればしっかり話し合う、分かり合おうとするコミュニケーションは大切だ。
 良いコミュニケーションのためには、二往復以上の言葉のやり取りを心がけて欲しい。部下から「あれ、どうなりましたか」「それはこうだよ」これで一往復。大概これで終わるが、部下からすれば、一度では上司がちゃんと分かってくれていると思わない。そこで上司は「どうしてか」と問い返せば、理解が深まる。
 「管理職の仕事の与え方」も、部下の状況を見ずに仕事を与えてしまう。トヨタグループは一時、フラットな職場組織を敷いていた。某エンジニア部長は2000年に部長になり、一年間に二人のメンタル罹患者を出したが、自分一人対17人の部下では意思疎通ができない。そこで部下を2グループに分けてそれぞれにグループリーダーを作った。これは人事の方針に違うので内緒である。
 エンジニアたちはいくつかのプロジェクトに参加しているが、互いの仕事の進捗情報を互いに見ることができるようになって、あいつはいまこんなことをしている、この点を教えておいてやろうとか、互いに助け合う雰囲気が出てきた。グループ内の情報の共有をするとますます、助け合いの芽が出てくる。
 仕事では毎週のように新しい案件が発生する。その仕事が今忙しい職場に振られると部長は、君の仕事のいまの状況を二人でチェックしよう、という。その作業は一日かかることになっているが別のプロジェクトのあの作業を使えば半日でできる、これはこちらの人と協力して、などとその人の負担時間を短縮してやる。全体が見えている部長ならではの采配で、こうして新しい仕事をする時間ができる。上司が一緒に考える時間は15-20分でできる。こうすれば労働時間はもう少し短くできる。


朝礼、夕礼の効果
 メールの登場で職場が静かになった。10年ぐらい前までは、職場の中にいるだけでいろいろな情報が入ってくる。いつも偉そうにしている先輩が電話口でぺこぺこしている、先輩の謝り方、クレームへの対応も、いながらにして学ぶことになった。それらの情報がメールになり、謝り方のうまさなどのノウハウが共有できなくなった。
 情報共有の難しさを改善するような情報が、残念ながら人事部からは提示されなかった。それでコミュニケーションが良くないとか、助け合う雰囲気がない、ということになった。
 朝礼と夕礼が、単純だが効果があるようだ。人事部長をしている友人の体験によると、朝礼では今日の自分の課題は何か、どういう仕事をするかを話させる。課長から指示が出る。夕方、今日一日どうだったかを話し合う。ある担当者は「飛込み仕事が出てあと2時間必要だ」というと、課長は2時間の残業を業務命令する。
 こうして一人一人話をして行くと、その人が疲れているとか分かる。その人の仕事が急ぎならば皆でやって、終わったら飲みに行こう。急ぎでなければこの仕事は明日でよいから今日は帰ってゆっくり休めよ、と判断する。こうすればメンタルでおかしくなる人は出ない。
 ワーク・ライフ・バランスの議論のなかに、経団連から、昼間だらだら働いて夕方から残業稼ぐのがいるという意見があった。しかしだらだら働かせる、その管理責任はどうしたの。(笑い)自分たちの管理能力のないことを明言しているような、変な言い方だ。朝礼夕礼があれば、だらだらしていたので仕事が終わりませんとは言わない。朝夕の50分は一見無駄に見えるが、隣の人間が何をしているのか分かる、助け合える、仕事の交代ができる。80年代、日本の職場が普通にやってきたことが今できなくなっている。それを復活させて、時間を短くするために効果があると思う。


個別最適と全体最適から来る問題
 日本社会がワーク・ライフ・バランスを達成できない一番の原因は「お客が待ってくれない」、ここにあると思う。
 実はわれわれは消費者であり、同時にサービスの提供者である。人の命に関わることはすぐやって欲しいが、それ以外は今すぐでなく、明日でいいよと言える消費者でなければならない。ワーク・ライフ・バランスで、どうすれば適正な時間内に仕事を終えられるかは、われわれ消費者が変わることで相当効果がある。個別最適の追求が全体最適を阻害している。
 製パン業が生産において無駄が発生する。それは大手流通の力関係で見込み生産をせざるをえないからである。パンはイースト菌を仕込んで製品になるのに17時間かかる。昔の大手スーパーからの注文は24時間前には来たものだがいまは、大手スーパーは売れ残りを少なくしたいから17時間を切って注文が来る。それで工場は見込み生産するしかない。結局3−5%ぐらいは作りすぎになる。人間の食べ物としてできたものが売れ残り、工場では商品にできないから廃棄処分になる。ここを流通で責任を持って、割引で売ればよい。私は19時過ぎにスーパーに行くのは大好きだ。(笑い)
 個別最適と全体最適をどこかで考えなければならない。これは経営者側ではなかなか考えにくい、これができるのは労働組合だ。フード連合とUIゼンセンが話し合って、食料自給率40%を切る日本が、食べられるものを捨てなければならない状態を解決する。それで全体の最適につながっていく。
 消費者はもっと賢くなる、自分たちの行動をちょっと変える、我慢すれば、ワーク・ライフ・バランスはもう少し実現しやすくなると考えている。







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