2017/04
寒い曇天冷たい海風、でも復興は暖かい曽野緋暮子


 3月26日(日)開催、宮城県南三陸町の第14回復興グルメF1大会に参加した。今回は春休みが重なったことから学生の参加が多く、24日(金)午後7時岡山駅出発のボランティアバスは満杯だった。翌25日午前10時前に「さんさん商店街」到着。会場となる志津川仮設漁港漁港は「オキアミ」の水揚げ作業のため、設営は水揚げ終了次第となり、それまで各自「さんさん商店街」付近を散策、昼食となった。本設の「さんさん商店街」は3月3日オープン以来連日の大賑わいで、マスコミ取材も北海道から沖縄まで約60社だったとか。
 志津川地区のグランドデザインは、東京オリンピックの舞台である新国立競技場設計者の隈研吾氏で、地区のマスターピースと位置づけたのがこの商店街だ。建物は仙台藩伊達政宗公が推奨したという、南三陸の良質な杉を使っている。木の香が心地よい。
 駐車場の端っこに、穏やかな青い海の志津川湾を一望する展望台ができていた。殉職された職員が最後まで「避難してください。」と放送していた防災庁舎の遺構は、道路を隔てた場所に献花台が作られていた。嵩上げ、道路造り、建物造りのダンプが行きかい、迂回路だらけで交通整理員が居なくてはとても歩けない。東北沿岸どこも同じような状況だ。
 カニ汁付海鮮丼の昼食後、会場設営作業に。初心者が多くても若者が多いので作業は順調。作業後、宿舎で約2時間、地元の方達からお話を伺った。
 〇 遺構として残すか、撤去するかで議論していた防災庁舎は県預かりで、20年間じっくり考えることになった。修理し、周囲に植林して震災記念公園を造る予定だそうだ。さんさん商店街と公園の間に橋を架け、川から鮭の遡上が見えるようにする。防災庁舎を観光ではなく地域活性化に活かしたい、とも。
 〇 南三陸町の復興が早いと言われる理由については、阪神大震災復興で苦労された長田区の方にアドバイスを受けたことが大きいと思う。例えばどんなに忙しく疲れていてもメディアへの対応を丁寧にすること。笑顔で対応すればどんどん報道してくれる。それによって支援の輪が広がる。また、民間と行政に壁がないことも復興促進の要だ。町ではどんなことでも国、県、町の行政と町民で話し合い、問題点の共有化ができたことも大きいと思う。
 〇 本設商店街を立ち上げに際し、10年間は離脱に際して資金の返金不可とした。それだけの覚悟がないとやっていけない。常に全員参加で話し合い、皆で不平不満を解消する。震災前は若い人が何かをする風土ではなかったが、即決力のある若い人をポストに就ける等、世代交代を心掛けている。
 〇 住居が高台にある。車のない高齢者と商店街をどうつなぐかが一番の課題だ。これは日本全体の問題でもある。
 あいにく大会当日は周辺の市町村でもイベントが目白押し、地元のゆるキャラも地元アイドルも登場せず、常連の高校生は学校の統廃合等で不参加だった。一方地元の若者たちが数チーム参加して、賑やかだった。
 私は陸前高田のブース担当だった。陸前高田もイベントがあるとかでブースは地元代表1名、その分他県のボランティアが大活躍(?)するチームになった。残念ながら入賞はならず。
 大会最後の実行委員長は、せっかくできた仲間なのだから本設になっても続けようと力強く宣言された。次回の場所は未定だが、参加しようと思っている。





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